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Posted by 京つう運営事務局  at    │  


久しぶりの投稿になりました。

会う人に「続きはっ」と相変わらず言われます

いつも有難うございます


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点をかさねること


亀岡は京都の北部に位置し、市内からは車であれば老ノ坂峠を越えるか
京都縦貫道を走るかでおよそ30分くらいで到着する。

祖母が亀岡の次の駅の並河に住んでいたことあり、
子どものころから「いなか」といえば亀岡だった。

私の幼少時代はまだ国鉄で単線で無人駅で、自然がとにかく一杯だった。
今でも思い出深く大変好きな土地の1つである。


満を持して・・・そこでの営業活動が始まった。
リーダーシップ溢れる所属長と、優秀かつフロンティア精神あふれるスタッフ
に囲まれ、営業担当1人の孤独感を全く感じずに仕事が出来たことは、
いまでも感謝に堪えない。やはりいい職場、結果を出す職場とは互いの仕事を
認め、支援し合うという当たり前のことが出来ている職場に他ならないと思う。

亀岡の人たちは、本当に温かい。

ある会員のご自宅がお豆腐屋さんで、よくお豆腐や厚揚げを頂いた。
今でも並河に行くと必ず寄る。
そんな風に、特に用事もないのに、立ち寄れる顧客宅が増えてきた。

地区ごとの過去のデータ、顧客タイプ別のアプローチ法、
DMを打つタイミング、エッジの効いたキャッチコピーの大切さ等など・・。
本当にこの亀岡では営業マンとして必要とされるスキルを身につける
チャンスを存分に貰った。

当然上手くいかないことや、
顧客対応のまずさで失敗も数多くあったが、
メンバーがそれぞれの持ち場で、自分の役割を顧客本位のマインドのもと果たし、
一致団結していたあのチームは今でも理想のドリームチームである。

仕事って、営業ってオモロいなあと心から思った。みんなに感謝である。

そのころになると、鬼だった新人時代のTさんへの想いが膨らんできた。
たまに営業会議で出会うとかけて頂く言葉が、またやる気につながった。

「がんばっとるみたいやな。」

たったその一言が本当にうれしかった。

サムライの仕事に、余計な言葉やましてや指導スキルなどいらない。
人をやる気にさせる方法に関する講演や、その手の書籍が最近多いが、
どれを読んでも私の人生経験上はっきり言って懐疑的になってしまう。
批評は好きではないが、納得がいかないものはいかない。

また、得意げにその手のスキルを論じている人に限って、
人物的魅力を感じないケースが多かった。「軽い」「響かない」のである。
人を育てるって、そんな簡単な話じゃないと思う。
100人いれば100人の指導法があるはずだし、
苦労と下積みにしか人間は磨かれないし凄みも出ないと私は考えているし、
私の知る本物の方々は、とにかく謙虚である。そういう人にこそ、教えを乞いたい。


話は戻るが

この亀岡時代に私は営業の真髄として、
人と人との絆からビジネスを生んでいくことの楽しさと価値を知った。

結果、過去最高の営業成績を残して人事採用部門へとコンバートされることになり、
私の会社勤めのセールスマン時代は短い幕を下ろした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

若い子にどうやったら売れるか、セールスに関する質問をされる時がある。
私はトップセールスマンではないので、こう答えるようにしている。
合ってるかは知らないが。

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何よりまず、相手を好きになる。

そして、その好きな人に喜んでもらうことを考える。

自分の出来ることを考えてソリューションする。
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・・・仕事ってここから始まったはずだし、今でもそれだけだと思う。


セールストークの刀を抜くのは、最後の最後。

ただ、その刀の抜き方は人によって
ずいぶん違うし・・・それは自分で考えな。と言う。

ちなみに僕は抜いたことを相手に悟られないのが理想として研鑽している。
まだまだだと思う。だからセールスは面白い。

新入社員の時は絶望しかなかったが、1つ1つの仕事の意味を考え、
考え付かなかったら自分なりに答えを出し、「続けて」いれば必ずその点は
つながり、線になっていくと思う。(APPLE社のスティーブジョブスCEOのスピーチより)
そしてその線は過去を振り返ることでしか見えない。

今思っても辞めることは簡単だった。
何度も「こんな仕事意味ねー!辞めたるわい!」となったが、
そんな時に辞めてもきっと今みたいに仕事を楽しめていないと思う。
あの時に鍛えられたからこそ、乗り越えられた困難が、独立してから今までいくつもあった。

今、就職活動で苦しんでいる学生さんは是非覚えておいて欲しい。


「どんな仕事も人生も、楽しくやるのは自分次第。

       未来を憂う前に今までの自分の足跡を繋げ、認めよう。」




※この物語は今回で終了します。想像以上に様々な方から感想を頂き嬉しいです。
 激務の間を縫っての投稿でしたので、不適切な表現や下品な言葉遣いがあった
 かもしれませんがご容赦ください。
 また機会があれば、「人事マン物語」でも書きます!
 ご意見、ご要望を是非お待ちしています!!


 生涯1営業担当 濱中倫秀


Posted by 株式会社コミューン 濱中倫秀  at 00:28   │  comments:(0)  │   経営者の日記


最近ずっと雨ですね。

春の日の快晴は、気持ちいいはずだけど
花粉症の私にとっては早く夏が来てほしい。

今朝も目覚めのくしゃみ15連発。ある種ぱっちり目が覚めます!

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新規校への異動

私は幼いころから、「誰もやらないことをする」のが好きだった。

特に、みんなが怖がってやらないとか、遠慮することを
引き受けるのが好きな生粋のハイリスクハイリターンマニアであった。

幼少のころより、

・道端に落ちている得体の知れないものを最初につついてみる役
・体育の試技
・川遊びでどこまで深いところまでいけるか試す役
・校舎の2Fから飛び降りて大丈夫かどうか試す役

いろんな役を引き受けては・・・
それぞれエラい目に遭ってきたがなかなか治らない。

そんな病気が、社会人になっても治ってはいなかった。


京都の北部亀岡に新しく立ち上がった、
校の営業担当を1人でやることを、引き受けてしまっていた。

誰もがやってもいいが・・・どうする?みたいな感じだったので
「じゃやります、俺。」みたいな感じで決まった。
新しいものも大好きで、一時住んでいた地域でもあったので土地勘も
あり、滋賀での最初の頃を思えば自分の中では問題ない選択だった。


そして慣れ親しんだメンバーと別れを告げ、
意気揚々と乗り込んだ亀岡の地で、たった一人での営業活動がスタートした。
メンバーも新規校を成功させようとモチベーションが高く、
小規模で団結してやるのっていいな、と心の底から思った。

※今考えると、いきなり晴天の霹靂のように起業を
思い立ったように言う人がいるが、ベンチャーマインドの形成に
この時期のことが関係していると思う。


不安も多少はあったものの、今でも絶頂期と思える時期がこの時期である。
亀岡地域、田んぼのあぜ道ですら駆け巡る毎日の始まりだった。

=続く=


Posted by 株式会社コミューン 濱中倫秀  at 01:21   │  comments:(0)  │   経営者の日記


2010年02月01日

大谷会

今日は天気悪いですね。

先日、大谷大学のキャリアに携わっておられる先生方と、
また大谷大学OBの私の仲間2人と一緒に会食をしました。



驚いたのは、2人とも卒業してもう10年以上経つのに、
本当に先生の名前から当時あった事件から、良く覚えています。

大学生時代は、時間をもてあましているような気がしますが、
実はなんとも大きな影響を与えるのですね。

今大学生のみなさん

10年後、「ようやったわ。」と笑って振り返れるように、
燃えてください。遊びも勉強も。


Posted by 株式会社コミューン 濱中倫秀  at 19:26   │  comments:(0)  │   経営者の日記


風邪をひきました!
いや花粉症かもしれない。。。

花粉症の時の鼻水って、

「あ。」

と思った時には上唇まで達してますよね。
昨日も御客様にハナタレ顔を見せてしまいました。

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イベントの成功


なかなか数字が伸びない中、窮余の一策私が考えたのが、
理科実験教室と算数教室だった。

人間は習慣がつくとなかなか抜けない。

どんな形であれ、塾に来て勉強をするという習慣を顧客に
持ってもらい、それがなおかつ楽しければ必然的にファンが
増えると踏んだのである。
早速手製のチラシを制作し、エリアの新聞折り込み広告に
入れてもらった。

反応は速かった。
初日から申し込み電話が鳴り、申し込みがあった時は感激した。

・・・自分で御客様と市場のニーズを考え、
企画したことが御客様に支持して頂ける。しかもそこに大切な
お金を払ってくださる。

こんな醍醐味は、学生時代に味わったことのないものであった。

「社会人になるって楽しいんだな。」

初めて実感した瞬間でもあった。

私のバイブル「ユダヤ人大富豪の教え」という本があり、
そこに

本物のサービスとは、お客様がお金を払ってでも
受けたいと思ってもらえるもの


とされている。
その通りだと思うし、みんながそこを目指して仕事をすれば
どれほどこの世の中は良くなるかと思う。

そして話は戻るが、イベントは成功に終わりその年の
入学志願者数への好影響も出た。達成感があった。

お母様から、
「最初はこのイベントだけに参加させようと思っていたけど、
何度か足を運んでいるうちに、うちの子がもっと通いたいと
言うのでね。。」と言ってもらえた時は、自分がご縁を創ったようで
本当にうれしかった。工夫することの大切さを知った。

そして間もなく、
ライバル塾が完全に独占している亀岡の地に進出する、
新規開設教室の1年目の営業担当という重責を負う辞令が、
下ろうとしていた。

=続く=


Posted by 株式会社コミューン 濱中倫秀  at 17:12   │  comments:(0)  │   経営者の日記


2010年01月15日

ガクシンに。

現在大学に設置中のガクシン2月号に、私濱中のインタビューが掲載されております。
お隣はご存知マイコミの田川姉さまです。。。

もし良かったら見てください。

http://www.gakushin.co.jp/freepaper/gakushin/index.html


Posted by 株式会社コミューン 濱中倫秀  at 16:43   │  comments:(0)  │   プロフィール


今日は雪が降りましたね!

ノートルダムに本日講義に来ていましたが、
なんと暖房が壊れてみんな震えながら講義を聴いてくれました。
北山は寒い!!

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悪夢の未達トンネル


営業には、波があり何をやっても駄目なときがある。
しかし、それも暫く耐えて地道にやっていればまた盛り上がるのだが、
この時は違った。

どうも契約が取れない。

セールストークも響かない。

原因が分からないから、対策も練れない。

そしてそれは私以外のメンバーにも同じようなことが起こっており、
実は新規校が出来てそちらに流れたりと、いくつか要因はあったのだが
営業に言い訳は許されない。

10月から来年の春までが1クールなのだがとにかく長い。
この業界は、スタートダッシュが全て。
第一回の入塾試験に集められない未達だと、その後の回復は難しい。

通年達成率が7割台と言う前代未聞の苦しい時期が続いた。
営業の部屋も空気が重い。リーダーは責任を一身に背負い、孤軍奮闘している。

何も貢献できない自分がもどかしかった。

通常のやり方では、子ども達や保護者の興味は惹けない。
ない頭を捻って、窮余の一策・低学年向けのイベントを企画しようと決意した。

そしてこの一連の集客施策は、
2年後営業を離れるまでずっと自分の得意パターンになるのである。

=続く=


Posted by 株式会社コミューン 濱中倫秀  at 18:25   │  comments:(0)  │   経営者の日記


先日のライスボウル(鹿島vs関西大学)は感動しました。
みなさんと年の変わらない学生たちが、社会人相手に
果敢に闘う姿は熱いものがこみ上げてきます。

そして本日の全国大学ラグビー選手権決勝。
帝京大学が初優勝しました。

私が現役時代に女性への集団暴行という不祥事を起こし、
出場辞退に追い込まれてから指導者の方々含め大変な苦労だったと
思います。歴史を壊すのは易し、作るのは難しですね
本当におめでとうございます。


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新天地での飛躍

ようやく慣れてきた職場から配置転換になり、配属になったのは
今はもう建物もなくなってしまったが西大路五条にそびえたつ
五条校内にある京都市内担当エリアチームだった。

私と年の近い先輩が2人、1回りほど上でちょうど脂の乗りきった
時期の2人の先輩とスタッフのおばさんの5人での仕事が
始まった。

草津との大きな違いは、話題が全く違う。
年齢が近い分ジェネレーションギャップがない。
草津の時の緊張感がうそのように、毎日毎日笑っていた。

そしてラッキーなことに配属転換後最初のノルマを、
運よく達成し、そればかりか全体での1位も獲得できた。
しかしながらそれは異動したばかりでノルマが少なかったからと
揶揄する人もいたので、その次のノルマも必死で達成した。
今度も上位に入れた。

そのころから「エース」と呼んでくれる人も出てきて、私は鼻高々だった。

営業は結果が全てであり、
1.いつもノルマ達成する人
→達成できなくても、大幅なマイナス結果にならない。形にする。

2.たまに達成する人
→達成しても、驚かないが達成しなくても誰も驚かない。

3.ほとんど達成したところを見たことがない人
→これは自信を持って、「やってない人」と言えます。

上記3種類に分かれます。

自分ではなんとなく「いつも達成する人」の仲間入りを果たしたような
勘違いを起こしており、営業会議でも肩で風を切って歩いていた。

しかし営業は運も身につけないといけない。
セールスの神様はいると思う。

私含めて誰もが予想しなかったが、
その後まもなく、「エリート集団」と呼ばれた京都エリアが、
「ドンごけ(大幅な未達成)集団」と罵られるほどの悪夢が待っていたのである。

予兆は、確実に現れていた。

=続く=


Posted by 株式会社コミューン 濱中倫秀  at 19:33   │  comments:(0)  │   経営者の日記


2010年01月06日

自己PRは難しい!

今日、インターンに来ている3回生の人が
私の目の前で1日自己PRづくりに悪戦苦闘していました。

彼女は最近の女子学生には珍しく

志望先=営業一本。

現在大手の通販会社でテレアポのアルバイトをしており、
そこで成約に結びついた時とトークの成長を実感出来た時の
悦びが忘れられないそう。

そのことを、どう志望先の製菓メーカーへのPRに結びつけるか
大変苦労していました。

ちょこちょこアドバイスはさせてもらったのですが、
確かに難しいことです。
所詮ありふれた学生時代のアルバイト、と片付けられてしまったら
それまでだし、かといってそれ以外に営業を希望する理由が見当たらないし・・・。

と大層落ち込んでました。


3回生のみなさんの話を伺っていると、
どうも「体験そのもの」をPRにしようとしている人が多いように感じます。
アルバイトやインターンシップやサークルなどでの体験は、
すべて「自分の強み」を証明するエピソードだと思います。

・サークルでムードメーカーだと言われた
・アルバイト先で頼りになると言われた
・インターンシップで苦難を乗り越えて、なじんだ

など採用担当者なら耳にタコが出来るくらい聞かされる話ですが、
それだけだと、「・・・そして?」となります。

大切なのは、自分の中でたった一つの武器を見つけることです。
これは必ずあります。「ない」と言う人は、探す努力が足りません。
友達や両親に聞いてでも探しましょう。


そして今日落ち込んでたIさん。あなたの強みは、

何事にも本気で取り組み、たとえすぐに成果が出なくても絶対にあきらめずに
最後は結果を創る根性です

その武器の切れ味や威力を証明するエピソードとして、バイト先の武勇伝を添えてください。


出撃のホラ貝はまもなく!!


Posted by 株式会社コミューン 濱中倫秀  at 23:52   │  comments:(0)  │   経営者の日記


明けましておめでとうございます。
このブログは、就職活動を控えている学生さんが多いと
理解しておりますが、いよいよ本戦が近付いてきましたね!

勝ち負けは就職活動においてはないと思います。
自分の中での「勝ち」を明確に定義して、それを実現するための
1つの方法として、ぜひとも前進を勝ち取ってください。

武運を祈ります!

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突然の異動

初受注の日から、半年ほどが経った。

随分滋賀の道にも慣れ、サクサクと外交(外回り)にも
住宅地図片手に出ていけるようになった。
不思議なもので、楽しい時は結果も付いてくる。

夏のキャンペーンで達成率3位を獲得し、社長より
表彰して頂いた。
その時握手をして頂き、「よくやった!」と一言頂いたのだが
まさに営業冥利に尽きると思った。

営業マンに、プロセスの評価はほとんどない。
結果が全ての「勝てば官軍」の世界で、
僕は確かに見える世界が違ってきていることに気づき出していた。

また、最初は怖そうに見えたTさんはじめ他エリアの先輩方も
徐々に打ち解けてきて、声をかけてくれる。本当に楽しくなってきた。
朝起きて、会社に行く足取りが軽い。
会社の中で自分の存在価値を実感できる幸せを実感していた。

真夏のポスティング(ビラくばり)も、
Tシャツと短パンで汗だくになりながらTさんと走り回ってやった。
終わった後、移動中の軽自動車の中で飲んだ牛乳の味が忘れられない。

営業車の中では、Tさんにいろんな話をしてもらった。
僕と年が変わらない息子さんのこと、営業とは・・・等など。
いつも怒鳴られてばかりだけれど、本当に僕を育てようと思って
頂いていることを、深く感謝していた。

「わしはすぐカッとなるし厳しいけど、ワシのもとを巣立った奴は
 みんな活躍しとる!お前も頼むで!恥かかすなよ!」
そんなプレッシャーさえも、嬉しかった。


そんなある日、校長と事務長から呼び出しがあった。



何だろうと少し緊張しながら、応接室に入るとただならぬ二人の表情を
見て、胸の動悸が高まった。

下を向いていたM事務長が口を開いた。

「ハマナカくん、異動や。京都市内のエリアに行くよう人事から連絡があった。」

入社してから2回目の衝撃だった。

=続く=


Posted by 株式会社コミューン 濱中倫秀  at 23:52   │  comments:(0)  │   経営者の日記


今年もそろそろ終わりですね。
12月31日付で四条の事務所を移転するので、
明日は引っ越しですが今日はお休みをいただき、
家の玄関タイル磨きと趣味の靴磨きにいそしみました。

来年は、すごく楽しかった今年よりまた少し楽しいと、
嬉しいですね。


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初安打


大混乱と衝撃と戸惑いの中で始まった、
私の社会人1年目だったが、もちろん楽しいこともあった。

何より職場で年の近い先輩方がとても優しく、
よく一緒に飲みに連れて行ってもらったり気にかけて頂いた。
今更ながら感謝しているし、新参者を温かく迎える先輩の
在り方という面でとても勉強させていただいた。

特に登降園指導といって、全職員で子どもたちの出迎えと見送りを
するのだが、その時にいつも「仕事、営業、どう?」と声を
かけて頂いた温かさを、僕は忘れることができない。

・・・

反面、本業の営業はさっぱりだった。
もっとも売りやすい、と言われた模擬テストの電話勧奨を
していたのだが自分でもトークがキレていないのがわかる。
毎日毎日、業務日報には契約件数「0」が並んだ。
それ以上に、電話の営業トークについて毎度Tさんからのダメ出しを
食らうのもなかなかハードだった。
「琵琶湖の水で顔洗てこい!」と本当によくどなられた。

それでも何度も教えを乞い、自分なりの電話トークを展開するが
ほとんど取り合ってもらえない。
もともと滋賀県自体が公立志向の地域で、今思えば私立受験を
得意とする塾はあまり受け皿が広くなかった。苦戦は当然だった。

ましてや甚だ説得力に欠けるトークで電話をしていたわけで、
すぐに成約になる方が奇跡だったかもしれない。

そして・・・

結果が出ないから、面白くない。

結果が出ないから、休みにくい。

休みにくいから、疲れも取れない。

疲れが取れないから、やる気も出ない。

やる気が出ないから、結果も出ない(最初に戻る)


という負のスパイラルにどっぷり浸かっていて、
たまに本部であった新人研修でもバリバリ活躍する様子を話す同期を
横目に、「俺は運が悪かったな・・・。」と思っていた。

そしていつしか電話だけではらちが空かないので、
「資料だけでも見てあげる。」と言って頂いたお宅に、
1軒1軒パンフを手渡しに行くようにしていた。
※それまでは1通1通手書きで封筒を出していたのだが、
 先輩からあまりの字の汚さを指摘され、手渡しに切り替えていた。

それでもお客様が歓迎してくれるとは限らない。

「なんでうちの住所知ってるの?」
「郵送してほしいから郵送でって言ってるのに・・。」

とお叱りを受けることもあった。
本当に営業とはかように地味な仕事なのか・・・
と骨の髄まで難しさと孤独感と自信喪失を感じる日々が、
数か月も続いたある日、疲れきって夕方に事務所(虎の穴)に戻ると、
初老の男性トリオの中でも特に元気なIさんが興奮していた。

私の顔を見るなり、今も鮮明に覚えている表情で、

「君が電話したお宅から、ぜひ一度模擬試験受けたいから手続きに来てやって!
 やったな!!早く行ってきな!!早く!!」

とまくし立てた。

そしてその30分後草津市内のマンションの一室で、
生れて初めて震える手で領収書を切った。

汚い字だったが、丁寧に感謝を込めて金額を書いた。

確か¥3,675。

金額は低くても、初めて人様に購入頂いた。鳥肌が立った。
マンション名も、もちろんその中2生のお名前フルネームも、
その日の帰り道にみた夕暮れが特に美しかったことも、きっと一生忘れない。

記念すべき初安打の日であった。

=続く=


Posted by 株式会社コミューン 濱中倫秀  at 15:24   │  comments:(0)  │   経営者の日記


なんだかんだで3回目です。

人間って面白いもので、順調だったころのことは
あまり覚えておらず、懐かしくもないのですが、

しんどかった、苦労した時代のことは今でもはっきり覚えていて
しかも強い憧憬の念を覚えます。

大学生諸君、しんどいけどもう少しだけ続けてみよう。
違う世界が見えます。

さらにもう少しやれば、違う自分に出会えます。
バイトでも何でも、継続は力なりです。


========================
出勤初日の衝撃(後篇)

そしてある部屋に到着し、中に入るとそこは3LDKのマンションの
一室を改造した、営業部専用の部屋であった。
「ここが君の机や。」初老の3人組の中でも最も気難しそうな白髪の
Tさんが指差した古びた事務机には、電話が一台とカラの本立てがあった。


それだけだった。しばらく無言の時間が続いた。





私はすでにパニック状態だった。意味がわからない。





草津に配属とは聞いたけど、具体的な業務内容は一切聞いてない。
というよりこの部屋の平均年齢はどう見ても60歳を超えている。
パートのおばさんと初老の3人の男性、そして私。
一体何をここでするのか??
あまりにも想像と違う職場・人・業務に私は茫然としていた。

なんとなく、教壇に立つ仕事ではないということが、
足元からじわじわ理解出来てきたのだが、それにしても不安が募る。

「わしは容赦ないで。言いたいことは言わせてもらうし嫌やったら
 よそいったらええ。しっかり勉強せえよ!」

頼みも望みもしていないお言葉だったが、

「・・はい!」
と返事するのがやっとだったように記憶している。

初日の仕事は、忘れもしない。
滋賀県の地図を就業時間まで見ていた。
そんな私を尻目に他の3人は、ガンガンテレアポをしている。

・・・営業だ!この部屋に働く人は営業なんだ!!!
やっとそう気づくのだが、まだ納得できない。希望した覚えがない。

社会の先生になりたい!
昔、自分を合格に導いてくれたような立派な講師になって、
人の役に立ちたい!!こんな仕事、塾じゃない!!!

心の中で、誰に言うでもなく叫んでいた。



退社前のTさんの言葉がまた忘れられない。



「覚えられたか?」



・・覚えられるわけがない。笑



京都生まれで京都育ち。
大学は仙台だった私には全く滋賀の土地勘がなかった。
正直、1号線が京都に入ると五条通りに繫がっていることすら知らなかった。

そんな未知の土地で、どうも営業に配属になったようだった。
夜、同期に電話をかけまくったが枚方で1人営業職に配属に
なったようだったが、他は全く違い、いわゆる塾の先生の研修を
始めていた。ショックだった。

しかし、

・10年間続けてきた体育会ラグビー部で鍛えられたはずの体力とメンタル
・様々なバイトで培ったコミュニケーション能力

プロの営業の世界では、そんなもの屁の突っ張りにもならないと、
思い知るのはこれからだった。

とにもかくにも、数年後「ハマナカ暗黒時代やったなー。」と
先輩からずっとネタにされるくらいの辛い下積み時代の幕開けだった。

=続く=


Posted by 株式会社コミューン 濱中倫秀  at 08:07   │  comments:(0)  │   経営者の日記


2009年12月27日

面接対策講座

25日のクリスマスの日、成安造形大学にて

「面接講座」

を実施してきました。

今年は大谷大学でも実施したものなのですが
成安造形大学向けに少しアレンジして実施してきました。

参加してくれた3回生のみなさんは、ちょうど私が初めて
教鞭をとった最初の1年生でまる2年ぶりの再会でした。

いつも思わされるのですが本当に
成安造形大生の「集中力」は本当に素晴らしいです。

語り部がどんどんノセられる感じがして、最高に一体感を感じます。
厳しい戦況ですが、各位の武運を祈っております

また、全くの偶然ではありますが当日サポートをしてくれた、
弊社の松本くんの弟君が、成安造形大の職員さんだったとは!
(左側がゴルゴンゾーラ松本、右側が弟君・・・イケメンです。)



Posted by 株式会社コミューン 濱中倫秀  at 11:27   │  comments:(0)  │   経営者の日記


先日から始めた、セールスマン物語ですが
結構色々な人に「次いつ?」と聞かれるので嬉しく、かつ困ってます。笑

しかし、大学生の不人気業種ベスト3に入るであろう
「営業」の素晴らしさを伝えるために、続けますね!

つまりは、

営業をやって初めてわかる商売の味があります。
大学生では決して出来ないこと、
クリエイターでありコンサルタントでありデザイナーであり
そしてスーパーコマンド部隊、それがセールスマンなのです。

====================
出勤初日の衝撃(前篇)

営業の初日は、営業の初日だと分かっていない日だった。
初年度の授業担当はないと配属発表では知っていたが、
教務の仕事で下積みをしてから授業を担当するのだと、
勝手に思い込んでいた。


塾は昼からの出勤なので、
11時ごろ起きてまだ締め慣れないネクタイを締めて
亀岡の自宅を出た。


そして約1時間半程かけて草津の仕事場に到着し、
初の「昼礼」が始まった。

校長はかなりの年配の方で、職員の内訳は若手と年配の方で
二極化していた。意外だった。
当時全教室の中で3番目に生徒の多い教室で、
職員も2ケタはいたと記憶している。

そしてその昼礼の中で、本日の業務予定の発表があり、
とりわけ年配の3人の男性たちが発した
・達成
・外交
という言葉の意味するものを、その時は分からなかった。

実はその事よりも、気になっていたことがあった。

うずたかく積まれた参考書と、灰皿などが所狭しと置いてある
事務所内で自分のデスクはどこなのか目で探していたが、
新人が座るデスクらしきものが見当たらないことだった。


そしてその答えは、無難に自己紹介をこなしホッとしていた
昼礼後に分かった。

「ではハマナカくんはこちらに来てください。」

と先ほどの年配の3人の方と一緒に、
M事務長(学校で言う教頭先生みたいなポジション)
が手招きしていた。


「ああ、別に職員の部屋があるのかな?」


と嫌な予感を抑えつつ、ついていくと建物の外に出た。
そして隣のマンションに慣れた足取りで入って行くではないか。
「・・・どこに行くんですか?」と聞くと「仕事場や。」と
笑顔だけどそっけない返事が返ってきた。


そしてその先には、
今も仕事で壁にぶつかると初心に帰るために車を飛ばして
外から眺めに行く「営業虎の穴」部屋が待っていたのであった。

=続く=


Posted by 株式会社コミューン 濱中倫秀  at 08:00   │  comments:(0)  │   経営者の日記


はじめてようやく投稿します。
㈱コミューンの濱中といいます。宜しくお願い致します。

日々の事件などは社長ブログに書いてるので、
就職に関するネタをこちらで書きます。

=============
暗黒の新人時代

私は1998年に京都の大手進学塾に入社しました。
大学で教員を目指していたので、免許もあるし当然社会の講師に
なるものだと勘違いしていました。

ところが、塾の開講時期の3月になっても一向に声がかからない。

周りではちらほらと現場で内定バイトを始めている同期もいるのに
私には一向に声がかからない。

そしてその秘密を知ったのは、入社式から5日連続であった
新人研修の最終日の配属先発表であった。

私はこの日のことを一生忘れないだろうと思う。
何が起こったか理解するのにしばらく時間が必要だった。

人事部長の声が研修会場に響いた。

「・・ハマナカリンシュウ、草津校にて研修を開始してください。」




・・・え?

俺??

草津???って滋賀か????

俺亀岡に住んでるけど、おっさん草津までどんだけかかるか
知ってんの?てか草津に教室あったん??

と色々な混乱が頭の中を駆け巡り、気づいたらその日の夜の
同期との飲み会でした。
自分の専門教科をいかにわかりやすく子ども達に教えるのかを
論じる同期たちを尻目に、なぜ自分はこの塾に入社したのか、
何回も何回も自問自答しました。

「やってもうた。俺、この会社あわへんわ。辞めたい!」
正直そう思っていました。

明日から配属だというのに、もう大学時代をすごした仙台に
帰りたい自分が居ました。

しかしその時はまだ自分がセールスマンとしての
第一歩を標す日が近づいているとは夢にも思っていなかったのです。
今から12年ほど前の春の京都、木屋町の夜でした。


<<続く>>


Posted by 株式会社コミューン 濱中倫秀  at 16:24   │  comments:(0)  │   経営者の日記


【氏名】 濱中 倫秀 (ハマナカリンシュウ)

【業種】 サービス業

【職種】 経営者

【性別】 男性

【生年月日】 1975年8月16日

【血液型】 O型

【出身校】 東北学院大学

【出身地】 京都府京都市

【職種】 経営者

【学生時代にチャレンジしたこと】 体育会

【学部系統】 経済・経営・商系

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【企業紹介】   株式会社コミューン


Posted by 株式会社コミューン 濱中倫秀  at 20:23   │  comments:(0)  │   プロフィール